いたばし花火大会 花火ギャラリー
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いたばし花火写真1
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いたばし花火写真3
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いたばし花火写真5
         
いたばし花火写真6
いたばし花火写真7
いたばし花火写真8
いたばし花火写真9
いたばし花火写真10
         
いたばし花火写真コラージュ01
いたばし花火写真コラージュ02
   
コラージュ01
コラージュ02    
いたばし花火大会の歴史
 たばし花火大会は、昭和25年に東京都板橋区と埼玉県戸田町との間で境界変更が行われたのを記念し、昭和26年8月18日に戸田橋花火大会(戸田町主催、板橋区後援)として開催されたのが始まりです。

 時、板橋区舟渡町と埼玉県戸田町との境界線は、荒川の流れをはさんで複雑に入り組んでいました。そこで、これを是正するため東京都と埼玉県で話し合い、線引きが行われました。花火大会はこれを記念し、そしてこれからも末永くお付合いをしていこうと、戸田町からの依頼により板橋区が後援することで始まりました。

 年の昭和27年8月16日の花火大会は、戸田町と板橋区の共催により実施されました。当時の人出は約15万人で、昨今の人出(約50万人)に比べて少なかったのですが、そのころの板橋区の人口(約24万人、世帯数5万8千戸)を考えると、大変な賑わいだったといえます。

 火大会の名称は、昭和35年の第10回までは「戸田橋花火大会」、昭和53年の第20回までは「区民納涼花火大会」(途中、昭和40年から47年までの8年間は、交通事情の悪化などのため中断)、昭和62年の第29回までは「板橋花火大会」、そして昭和63年の第30回からは「いたばし花火大会」となり、現在に至っています。

 た、会場となっている荒川河川敷の土手も、座りやすい階段状に整備(平成5年の第35回に完成)されました。

 火についても毎年内容が充実され、尺玉やスターマインをはじめとする打ち上げ花火約5,000発やいたばし花火名物のナイアガラの滝など、たくさんの見所が作られました。現在、対岸の戸田市の打ち上げ数と合計すると実に約11,000発の花火が夏の夜空を彩っています。

 近では、「伝統の隅田川花火」に対し「実力のいたばし花火」としてマスコミ等で注目を集め、板橋区民だけではなく、東京都民・埼玉・千葉・神奈川など周辺の人々もたくさんつめかけ、今や東京を代表する花火大会となっています。

 2003年度より導入された有料指定席も、場所取り要らずでゆったり観覧でき、花火の迫力を間近に感じられると大好評を得ています。